葬儀という一連の儀式の中で、通夜や告別式ほど一般に知られてはいないものの、故人様とご遺族にとって極めて重要で、心に深く刻まれる時間があります。それが「納棺の儀」です。納棺と聞くと、単にご遺体を棺に納める作業のように思われるかもしれませんが、その本質は全く異なります。これは、故人様の尊厳を守り、この世での最後の身支度を整え、安らかな旅立ちを願う、非常に神聖で愛情に満ちたお別れの儀式なのです。納棺の儀は、通常、ご遺族やごく近しい親族のみが集まり、静かでプライベートな空間で行われます。その中心的な儀式として「湯灌」や「死化粧」「死装束の着付け」などが行われます。湯灌は、専用の移動式浴槽などを用いて、ご遺体をお湯で洗い清める儀式です。これは、単に体を清潔にするという衛生的な目的だけでなく、故人様が生前の苦しみや穢れをすべて洗い流し、清らかな姿で旅立ってほしいという、ご遺族の深い願いが込められています。湯灌を行わない場合でも、アルコールを含ませた脱脂綿などで全身を丁寧に拭き清める「清拭」が行われます。体が清められた後は、死化粧、いわゆるエンゼルメイクが施されます。男性であれば髭を剃り、髪を整え、女性であれば薄くお化粧を施します。これは、生前の元気だった頃の穏やかなお顔に近づけることで、ご遺族の心に刻まれた故人様の美しい記憶を呼び覚まし、心の痛みを和らげる効果があると言われています。そして、旅立ちの衣装である死装束をお着せします。仏式では、経帷子と呼ばれる白い着物を着せ、手甲や脚絆、足袋などを着けていきます。近年では、故人様が生前愛用していたスーツやワンピース、着物などを着せることも増えてきました。これらの身支度がすべて整った後、ご遺族の手によって、故人様を静かに棺へとお納めします。この一連の儀式を通じて、ご遺族は故人様の死をゆっくりと、しかし確実に受け入れていきます。故人様の体に直接触れ、身支度を手伝うという行為は、言葉にならない深い対話となり、心を整理し、悲しみと向き合うための大切なプロセスとなるのです。納棺の儀は、故人様への最後の奉仕であり、残された者たちの心を癒やす、かけがえのない時間と言えるでしょう。
納棺の儀が持つ深い意味と流れ