葬儀を終えた報告の際に使われる「滞りなく相済ませました」という、少し古風で格式高い言葉。私たちは何気なく使っていますが、この表現には、日本人が古くから大切にしてきた死生観や、共同体への感謝の心が深く刻まれています。この言葉を分解してみると、その意味合いがより鮮明になります。「滞りなく」とは、物事が順調に進み、遅れたり止まったりすることがない様子を表します。葬儀という非日常的で、段取りが複雑な儀式が、何の問題もなくスムーズに進んだ、という安堵感がここには込められています。そして「相済ませる」は、「済ませる」の謙譲語であり、自分たちの行為をへりくだって表現する言葉です。つまり、この二つが合わさることで、「私たち家族の力だけでは到底成し得なかった葬儀という大儀を、皆様のお力添えやご配慮のおかげで、何事もなく無事に終えることができました」という、深い感謝と謙虚な気持ちが表現されるのです。これは、単なる事実報告ではありません。かつて葬儀が地域共同体全体で執り行われていた時代、近所の人々が炊き出しを手伝い、葬列を組み、遺族を支えるのが当たり前でした。その共同体への感謝を伝えるための、定型句としてこの言葉は磨かれてきたのです。現代では葬儀の形が変わり、その多くを葬儀社が担うようになりました。しかし、それでもなお、この言葉が使われ続けるのは、私たちの心の奥底に、人の死は一人では乗り越えられない、という感覚が息づいているからではないでしょうか。遠方から駆けつけてくれる親族、心配してくれる友人、支えてくれる葬儀社のスタッフ。多くの人々の支えがあって初めて、故人を尊厳をもって送り出すことができる。その普遍的な感謝の気持ちを伝えるのに、「滞りなく相済ませました」という言葉は、今もなお、最もふさわしい表現の一つであり続けているのです。
滞りなく相済ませましたという言葉の背景