通夜の夜、ご遺族や近親者が故人様に寄り添い、夜通し線香とろうそくの火を絶やさないように見守る「寝ずの番」という風習。現代では、ご遺族の体力的負担や防災上の観点から、その形は少しずつ変化していますが、なぜ古くから火を絶やしてはいけないとされてきたのでしょうか。その背景には、故人を深く思う、いくつかの切実な願いが込められています。最も広く信じられている理由は、故人があの世への道に迷わないようにするため、というものです。ろうそくの炎は、故人が進むべき道を照らす道しるべであり、線香の香りは、その道を辿るための目印となると考えられてきました。暗い冥途の旅で、故人が孤独や不安を感じることなく、無事に浄土にたどり着けるようにとの祈りを込めて、人々は火を守り続けたのです。また、故人は亡くなってから四十九日の旅の間、香りを食べ物として生きるとも言われています。これを仏教では「食香」と呼びます。そのため、線香の火を絶やすことは、故人の食事を絶ってしまうことになると考えられ、少しでも空腹の思いをさせないようにという、残された家族の深い愛情が、この習慣の根底にあります。さらに、現実的な側面として、昔は医学が未発達であったため、人が本当に亡くなったのかどうかを判断するのが難しく、仮死状態から生き返ることも稀にあったと言われています。そのため、ご遺体のそばで夜通し見守ることで、万が一の蘇生を見逃さないようにするという意味合いもありました。火を灯し、人の気配があることで、故人が安心して戻ってこられるように、との願いもあったのかもしれません。現代では、斎場での宿泊が制限されていたり、ご遺族の高齢化が進んでいたりすることから、夜通し起き続けることは少なくなりました。長時間燃焼する渦巻き型の線香やカップろうそく、さらには火災の心配がない電気ろうそく(LEDろうそく)などが活用され、交代で仮眠をとるのが一般的です。形は変われど、故人の旅路の安寧を祈り、最後の夜を共に過ごしたいと願う家族の想いは、今も昔も変わることなく、その静かな炎の中に受け継がれているのです。